いのちのバトン(その2)

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昨日の月曜。先週は死ぬかも?と覚悟もしていたのんが口からゴハンを食べられるようになった。その先週の月曜17日はというと、とらはまだまだ元気(そう)で良く食べていた。猫は口内炎になると食べるのを嫌がり衰弱死する事が多い。特に猫白血病や猫エイズを患いやすい外猫は注意が必要で、ダブルキャリアなとらに対しては早め早めの治療(ぐらつく歯の抜歯やびらん部を焼いたりステロイド)を施していた。少し口を嫌がる素振りを見せていたので今月の7日に通院したのだけど、2本しか残っていなかった犬歯は大丈夫そうだし口内の状態も良かったそうだ。18日火曜になったばかりのとき嘔吐し、正月休みが終わったあたりから急に水を沢山飲むようになって心配していたので病院に連れて行こうと思った。火曜は身を隠してしまったので一日遅れの水曜の朝、みーすけが病院に連れて行った。電話で相談を受けた私は、色々検査もして欲しかったし療養も兼ねて入院させることにした。転ばぬ先の杖という感覚で。。。

翌朝電話で確認した所、状態が良くないというので面会に行ったみーすけから『どうしていいのか分からない。。。』と泣きながら連絡があった。もう一度連絡があり退院させる事になったので夕方お店をみーすけと交代し、容態が急変してしまった とらを連れ帰った。お店始めてからゴハン当番をお願いしていた男の子とそのお母さんと三人でみーすけの帰りを待っていたけど、何かこの状態でも出来る事。生きる可能性を探しにのんを診てもらっている病院に先の病院の血液検査結果を持って向った。悪そうなことは分かるがどのくらい悪いのかが私には理解出来なかったその検査結果。一見して受付の看護士は状態を悟ったようだった。。。『今出来る事は何かないの? 可能性のある治療は何かないの?少しの可能性でもいいから何かないの?』と詰め寄る私に先生の言葉は少なかった。体温を計ったら32度。私が『32度?!』って声を荒げたのでもう一度計測したら無情にも同じ数値をその体温計は私に告げたのだった。。。

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みーすけが帰ってから4時間あまり。とらはみーすけの腕の中で、そして私が見つめる目をしっかりとした眼で最期まで見返しながら過ごした。今思えば昨年末あたりからびっくりするくらい食べるようになったとら。その時には何かがとらの中で動き始めていて、それと闘う為に栄養が必要だったのだと思う。久々にみんなでゆっくりと過ごせた正月休みを経て、のんが帰って来るのを待って、その のんに残る力を渡してとらは潔く、そして毅然と旅立って行ったのだろう。

『弱いモノに対して常に優しかった とら』

最期はその優しさを死にかけていた のんへ。ヘタレな私たちには心配かけないよう。悟られないようにふるまってくれたのだと今は思う。

つづく。

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